先日、カフェで休憩して戻ってきたら、サロンから数十mほどのセブンイレブンの前に人々が立ちすくんでいた。どの背中も、みょうに、緊迫している。
あ、生死に関わることかも。
近づくと、果たして舌をだらりと口から垂らした茶色いピンシャーのような犬が道路に横たわっていた。そのリードがなぜか台車に絡まり、みんな焦っている。
「ハサミ持ってきましょうか!!」
私が叫ぶ間もなく、リードは外れたが「これはだめだ!!」と、おじさんが嘆いている。
「この子はお父さんの犬ですか?」
「そうです!」
なんてやり取りをしていたら、私は蒼白な顔した中年女性に、黒いピンシャー犬のリードを渡された。
「これ、持っててくれませんか。子どもが車に乗っているので、移動させてきます」。
お子さんに現場を見せたくないようだ。この中年女性の車が、どうやら茶色の犬に打撃を与えたらしい。
車が、コンビニの前に置いてあった台車をはじき、その台車が犬に当たったらしかった。
訳がわからず、きょとんと人々を見上げる黒ピンシャーと、ぐったりする茶ピンシャー。
二頭の飼い主らしいおじさんは、「だめだ!もうだめだ!」と叫びながら、片手で茶ピンシャーをワシワシと掴んでは、取り落とす。ベタン!!と 茶犬の体がアスファルトの上に転がり落ちる。
乱暴者なのではない。ものすごく動揺されているのだ。
「ちょっと、落ちついて。そ、そ、蘇生やってみましょう、こっち来て」
言った私もあまり落ち着いちゃいないが、犬を道端の花壇のへりに乗せて、ふたりで蘇生を………、ちょ、ちょっと待って。
茶犬のベロをつまみ出し、気道を確保するおじさんの左手はいい。だが右手は心臓でも肺でもない横っ腹をグイグイとつぶしている。
あぶねえ!そんな変なところに圧をかけたら、痛んだ内臓がさらにダメージを受けるよ、落ち着いて。見知らぬ年上のおじさまだが今は礼儀もへちまもない。
茶犬の、左の眉間上の皮膚は剥がれ、わずかにピンク色の肉がむき出しになっている。それ以外に大きな外傷は見あたらない。この頭部の打撃が致命的のよう。
でも私の左手は、かすかに足背動脈に触れる気がする。右手に持ったCSは、かすかなシビレを感じる。
いや、おじさんが揉みくちゃにし、犬を揺らすので、そう感じるだけかもしれない。
ぐいぐいと転がされて、茶ピンシャーの体は、ごろごろと花壇の中に転がり落ちたりする。
「死んだ! 死んだ!」おじさんは連呼した。
「この子ねえ、まだ生後一年経ってなかったんですよ!! ああ可哀想なことした。可哀想なことした!」
「いやいや、心臓マッサージしましょう。だって脈がまだ…」
「だめだよ!これもう息がないもん!」
なら人工呼吸! なんなら私がやります。喉まで出かかる言葉を飲み込む。さすがに人様の犬にそれはやりすぎだ。
中年になったら、絶対にああはなりたくない、と思っていたおばさんに、私はなってしまった。
硬直し、舌をだらりと垂れた茶犬の半眼から、どんどん光が失われてきた。
周囲の人々もやきもきして、あきらめないで!今から救急病院に連れていけば!タクシーを呼ぶよ!とか言ってスマホで検索している。
斜め前のペットショップからオーナーも飛び出してきた。
「目黒!こんなときは目黒だよ!!」。目黒動物病院か、ガーデン動物病院か。
しかしおじさんは、「もうだめだ!」「死んだ!」「この子1歳になってなかったのに!」
そして言った。
「私、医者なんですよ」
あ、そうなんだ……。
急にテンションの下がるギャラリー。
医者が言うんでは、しようがないか…。私も思った。
しかし先生、その手は、おそらく学生時代か研修医時代以来、一度も救急の訓練をやってないんじゃないだろうか。
「ごめんなさい」「ごめんなさい」。
犬に接触したと思われる車の女性は、蒼白な顔でなんども謝った。
「いや、私がいけないんです。不注意でよそ見して、リードを強く引いたのは私なんで!!」
おじさんはますます、吠えるように言った。
立場のある壮年男性は、怒るようにして、悲しむ。
彼は、おそらく仕事のことを考えていたんだろうか。
遅れて、道路をトコトコわたる犬。急ブレーキの音。力任せにリードを引っ張った瞬間、それは台車に当たったのか。
まだ、納得いかない様子で囲んでいるギャラリーだったが、おじさんは、やおらスマホを取り出して、一段と大声を張り上げた。
「モシモシ、散歩してたら、○○ちゃんが事故で死んだ! すぐ車で迎えにきて!!」
電話の向こうから「ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーー」という、女性の長い、長い悲鳴が聞こえてきた。
◆
取り出したCS60をしまう暇もなく、とぼとぼとサロンに帰ったら、もう次のクライアントSさんが待っていた。
ああ、せめて、蘇生措置を施したかったな。CS60をかけても、やっぱりだめだったろうか。いやだめか。うん、あれはだめだな。命が消える兆候も、ちゃんと覚えておこう。でも、せめて…。
集中しなきゃいないのに、気もそぞろである。
救いになったのは、Sさんの、見違えるような笑顔だった。
前回、初めての施術で、生死に関わる悲しいご体験を伺ったばかりだった。
うつ気味ということで、今回は心配してご用意した物があったが、それらは必要なくなっていた。
みずから環境を変え、生活を変えて、養生されていたのである。女のひとは強い…。
そして、施術に「猫」を所望されたので、終了後ご用意したら(猫セラピーを必要とされる方は事前におっしゃってください。🐈)
 
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「猫!」「猫!」と、喜んで、少女のようにケラケラと笑ってくださった。その顏が可愛くて、あまりに可愛くて、私のほうがすっかり癒された。
◆
念のため、猫で心臓マッサージと人工呼吸と、足背動脈をとってみた。むかし講習会で習ったことがあるのに、かなり難しい。心音、ちっちゃー。
猫、不機嫌。
これは練習しておかないと、いざというときパニック必須。医師でも我が子の際には、パニックになるのだもの。
しかし、いざという時に心肺蘇生術を施せたら、たとえダメでも、後悔が減るかもしれない。
胸や腹をギュウギュウと揉んでも空気は出入りしないが、心肺マッサージをすると、少なくとも、物理的な空気の出入りはある。
それで生死が分かれる……ことも100匹に1匹くらい、あるかもしれないじゃない?
◆
ちょっと目を離しただけで、小さな命は消えることがある。
先日も自転車にのった7、8歳くらいの男児が、目の前の細道を曲がるトラックの内輪差で、声もなく横転していた。
「ぎゃーーーっ」。周囲は一斉に叫んだが、トラックの運転手は全く気づいていなかった。スマホを手にし、ぺこぺこと頭を下げてらしたのである。
お客さんから、遅い!なんてクレームをつけられたのだろうか。一生懸命謝っているうちに子どもを轢いたら、彼の人生はどうなるのだろうか。子どもは何事もなく、起き上がったけれど。
今、目の前のことを見ながら、歩こう。なるべく。と思った次第です。
◆
ウエットになってしまったので、おまけ。
電車で見かけた、ハムスターを持ったまま寝オチしてる人。
恐らく、今日ペットショップで買ってきたばかり? のハム太郎
だいじょぶ?
あとまさか、お兄さん、そのカゴで飼育…
会社から帰ったら、ハム太郎いなくなってるみたいな。
まさかね
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