例の器具での施術をはじめてから、不思議、としか言いようのないことが起こっています。
器具の施術者同士でも、たまさか話題になります。 胸に明りの灯るような出来事も有れば、不可解な現象も。
「非科学的」なことや、目に見えないことは信じない、という方は、そっとこの記事を閉じてくださいね。
先日、カタカムナという上古代物理学の勉強会にて、ある参加者(Aさん(仮))が、ガンに罹患されたと告白されました。
一見お元気で顔色もよいのですが、これから手術をされるとのこと。
それはたいへんだ。
私は例の器具をリュックから出して、「このいすに座ってください」と、Aさんの患部を擦り始めました。
たいへんだ、以外なにも考えていませんでした。
しばらくすると、ズシッ…と、病巣に当たった感覚がありました。すると、ゾーーッと、なんとも言えない冷え冷えした悪寒が腕からワキに伝わってきました。
同時に、Aさんがどのようにガンに罹患されたのか、情報のようなものが伝わってきました。
私の感じた情報のようなものが間違いでなければ、こんな寒々しい思いで暮らしてこられて、ガンになるのも無理はないと思いました。
―――その夜のことです。
それは突然やってきました。グワングワングワンと、今まで味わったことのないような、鈍器で頭をなぐられような痛み。
やばい、脳の中で、なにか破裂した?
とっさに医学書をめくって、でも、違うようだ。昼間ぶつけた? 邪気あたりか? へんなもの食べたかな? レメディを1種、2種…。どれもヒットしない。
そのうち、奇妙なグワングワンは、メリメリと、えぐるような痛みに変わり、左目が飛び出そうになってきました。うわあー。なんじゃこれ、左目をえぐり出したい。
痛みはどんどん激しさを増し、立っても激痛、座っても激痛、床に転がるともっと激痛。
痛くて呼吸ができなくなったきました。
ひっ、ひっ、ひっと、クッションやマットをつかみ、ごろごろごろごろ、痛くて痛くて、床に頭を埋めたくなりました。
誰か頭を割ってください、、、、老人だったらこれ、心臓が止まるんじゃないだろうか。やばいよこれ。これやばいよ。
あー、あー、えー、、自分のよだれで床と髪の毛がびしょびしょになってきました。
おろおろしている夫に「あうあう、だめだ、だめだ。これは、だめだ。救急車呼んで」。
すると夫は狼狽して、泣きそうになりながら、言いました。
「でも、でも、それは、昼間のガンの人のを“受けた”んじゃないかな。病院とかでは、どうしようもないんじゃないかな」
「ああ、そうだそうだ、そうかもしんねえー、おめえ冷静だなー、いてええ、いてええよお」。
痛みのあまり人格がおっさんになり、夫に器具で頭をグリグリやってもらううちに、おっさん、気絶しました。
そして、翌朝気が付いたら、びっくりするほど頭痛は引いていました。私はおじさんからおばさんに戻っていた。
痛みって、それがなくなると、あったことを、忘れそうですね。
その代わり、眼がすごいことになっていました。これはホラー映画か、ハロウィンで、パリピがやるやつではないか。(閲覧注意)
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お見苦しくて失礼します。これでも2~3日が経過した、かなり赤みが引いた状態です。背後の夫はふざけているので、気にしないでください。私の赤目が引いてきたので、安心してふざけています。
お客様への施術によって、相手の何かを戴いてしまい、具合が悪くなることがある。
そういうことは、たくさんの治療家の経験談から、そして自分の乏しい実感としても、感じていました。
施術にトライする方のうちには、研修中に「そういう」ことを感じて、開業しない道を選ばれる方もいます。
自分は、施術をはじめてから「そういう」ことの対処にアロマ、ホメオパシー、フラワーエッセンス……たとえばリヒトウェーゼンやレヨネックス、ミューア、エプソムソルト、YM、漢方、自社石鹸……状況に応じて処置し、ウタヒも毎日あげ、自分の出来る工夫としては精一杯かな、と思っていました。浄化のため、ということもありますが、施術結果の促進になればと…相性の合うものは人それぞれです。
しかし、そんな投入が仇となったのか?
不審に思い、整体の先生や医師を、何人か尋ねてみました。わからないことはベテランの大先輩に学ぼうと。そのうち、「氣道協会」の長谷川淨潤先生にお目にかかった日に、こんなことを言われました。
「今のあなたには、隙があります。お客様から、要らない“もの”を、どんどん入れられてしまう。お客様は悪気はなく無意識にそういうことをしてしまうのです。要らないものはお断りしなくてはならないし、本当にまずいものからは逃げなくてはならない。
しかし、あまりにも防御やバリアを張って施術に臨むのも、お相手に失礼でしょう。だから今は、受けて受けて、受けるしかない。そうして誠心誠意、心を尽くして、お相手に施術させていただくことです。その気持ちが一番のお守りです」
そうか…。なんだか腑に落ちて、肚が
決まりました。
私は若い頃、人を利用したり、傷つけたりして生きたことがある。だからいま、少しくらい寿命を削ってもいいと思う。幼い子どももいないし、たいして守るものもない。負も毒も、思い切って引き受ければいいんだ。
だけど神様、削るのは2~3年にしてほしいです🙇
言い訳つきで開き直った、その小市民的な誓い以来、クライアントから「受ける」ことは、減った気がする。
身を粉にして施術しても、これまでのように内臓が痛くならないし、痺れなくなりました。Aさんのガンを受けて以来、少し耐性がついたんだろうか。
そんな昨今、とある方から、急なメールがありました。
「パートナーに急な進行ガンが発覚し、あと数日もつかどうかという状態です。どうか、お祈りしてくださいませんか」。
びっくりしました。大勢の友だちにとっても、大切な方です。どうにかお役に立てないだろうか。
「病室に器具をもって行くのでトリートメントさせて戴けませんか?」、とお伝えしました。
驚いたのはその夜でした。突然、例の古代物理学の師匠ハガさんから電話がありました。めったに私に電話なんてかけてこないのに。
それがいきなり、
「すぐに施術はやめなさい。危ないよ」
な ん で す か…。
ハガさんが言うには、先日の乳がんのAさんから、報告を受けたそうです。
それによると、がんはステージⅡと診断され、乳房を全摘したそうです。しかし取り出した臓器の生検をしたところ、悪性腫瘍はなかったと(?)
「抗ガン剤などの投与は必要ないです」と、治療終了を伝えられたそうです。
えっ
じゃあ、手術はなんだったんでしょうか。
「ステージⅡ」という数字はなんだったんでしょうか。
手術直前に、医師が再々検査をしてくれれば・・。
あぜんとしました。するとハガさんは言いました。
「あなたがAさんのガンを取ってしまったんだ。あなたが施術した後、俺が別室で彼女の背中から触って見たら、消えていた」
まさか、すぐに全摘手術をされるとは思っていなかった師匠は、それを黙っていたのだそうです。
「あなた、その程度のガンなら、取ってしまえるから」。
医者が、首をひねることになるだろうと。
それで私が調子に乗ってはいけないと思ったのかもしれません。
調子になんか乗……るかもしれない。
最近、自分にある技能が備わり始めたと感じていました。
お客様のなにかが「取れた」ときは、これまでの文筆業では得られなかった喜び、しかも、呼吸するようにできてしまう感覚がある。この感じは昔から知っていた。
しかし、私にそれを使う徳や智慧が、十分でないことを師匠は知っているのです。
だからハガ師匠は言いました。
「施術をやめなさい。このままじゃ、あなた死ぬよ。俺はこんな電話はめったにかけないんだけど。なんだか変な感じがする。あなた、今日どうかしましたか?」
えっと今日は、器具をもって、末期ガンの方の病室へ行こうとしてました…。
でも、お気持ちだけで十分ですと言われたので、お祈りをお送りするに、留めました…。
「ああーー、それか(ため息)。わざわざガンの施術をしに行ったりしたら、だめなんだって。
あなた、すこしばかりの力はあるかもしらんが、まだ受けたモノを抜くすべを知らない。そんな重い病の施術なんかしていたら、死ぬぞ。死んだセラピストはたくさんいるんです。あなたは知らないんだよ。体を壊してやめた人はもっとたくさんいる。だから俺はやらないんです。末期の病気は、俺はどうにかできっかもしれんけど、絶対にやらないんです!」
↑やらないと言いつつ、勉強会にまじめに参加している方には、ときどき無償で手当てしている。
「でも先生。乳ガンの方以来、おかげで少しは耐性がついたのか、しんどくなくなりました。こう言うのも何ですが、私、お客様からたいしてお金を戴いていないし。半分ご奉仕で施術しているから、天におゆるししてもらえるんじゃないかと、、」
「ダメ!!! そこそこできる奴は、そういう風に思うんだ。でも、容量がいっぱいになったときに、ズドーンと倒れるんだよ! それとな、お金なんか……」
師匠はちょっと言い淀みました。
「…お金なんか、たくさんもらおうがもらうまいが、そんなニンゲンが決めた数字の紙切れなんか、関係ないの。欲しいなら、1万円でも、5万円でも、もらっときゃいいんだよ。そうじゃなくて。この世界の、本当のしくみを知っとりますか? 俺は、大金を払うから病気を治してください、なんていう人は治さない。
でも、こうやって電話をかけてんの。無償です。今、あなたのを抜きましたよ。わかる? ほかにも、俺が抜いている人がいるの。または受けたものの抜き方を教えたりしているの。わかる? 俺もそうしてもらってきたの。それが、本当の、セラピストのしくみなんだよ」
あっ、
そういうことか。
私は、自分が訓練を積んだので、すこしは丈夫になったとばかり思っていました。あと、器具そのものが守ってくれると思っていました。
そうではなかったんです。遠隔で、抜いてくれる何者かの存在があったんです。師匠だけではない、他にもやってくださっている方がいる。
なぜ、彼等がそうしてくださっているかも、やっとわかりました。それが、施術業界のしくみだからです。
私も、いつかそれを循環させる候補生だからです。おそらく、行いがワルかったやつほど「しくみ」に入れられるしくみなのでしょう。
見えない「金」も「心」も「術」も「力」も、愛も、そうして師匠から弟子へ、弟子からまた弟子へと循環している。その循環に入ると、目に見える金をいくら稼いだとか、どんな器具を使うとか、どのくらいの力があるとか、ないとか、関係なくなるのです。ぜんぶ、上から
下への、いただきものだから。
つまり、だれがステージいくつのガンを取れる?
その力は、どこからどうした? 私のものですか? あなたのものですか? それが生まれつきとか後天的だとか? 代償に霊障? 霊障に防御? 保障が必要か? 科学的解釈が必要か?
εὕρηκα!!
「ちょっとは、わかったようですね」。師匠は笑って、電話を切りました。
しかし。
「施術をやめなさい、死にます」なんて言われても、私はやめられそうにありません。
「やりなさい」と、毎日のように来るサインもあるからです。それを自分の体で会得するまでは。「しくみ」の末席に入れてもらって、きちんとした抜き方を教わり、誠心誠意で仕事するしかないです。
「受ける」「もらう」ということは、逆に自分の氣をコントロールしないと、誰かを傷つけることがあるかもしれないということです。しかもそれは100パーセント自分に返ってくるということです。
だから、「こんな技能いらない」「セラピストやめます」って、返上する方々もたくさんいるわけです。「しくみ」になんて入らないと無意識に決めている人々もいます。頭がよく強い方たちだと思います。だって、しくみに入ると、ある意味の「自由」はなくなるもの。
そういうことに気づかせてくれた例の器具は、けっして魔法の道具ではないけれど、本当に素敵で、油断のならない道具であるなと思うこの頃です。
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