『文学界』82年ぶり増刷。綿谷りささんのマリッジブルー?は「既婚あるある」か

ピースの又吉さんが初の純文学に挑戦した『文学界』が82年前の創刊以来、はじめて増刷されたと、昨夜 東京FMからニュースが流れてきた。
「お笑い世界を舞台に、若手芸人「僕」の目から、先輩芸人の輝きと挫折を描いた」という。なんておもしろそう。売り切れたため、7千部を足して、合計1万7千部になるそうです。

文學界 2015年 2月号 (文学界)/文藝春秋

文學界 2015年 01月号 (文学界 2015年 01月号)/文藝春秋

でもわたしはまだこちら1月号を読んでいる、
山田詠美ねえさんが、晩年の倉橋由美子みたいなイジワルおもしろい作風になってきたとか、
大腸ガンに罹った自分を、化け物のように冷静に描写している荻野アンナがすごくて鳥肌とか、
安部和重と伊坂幸太郎が合作した『キャプテンサンダーボルト』制作秘話のインタビューとか、読みでがあります。

キャプテンサンダーボルト/文藝春秋

その中でも、昨年の12月30日頃に、霞が関官僚との結婚を公表した綿谷りささんの、新婚私小説的なものがきょうみ深かった。

結婚したことのある女性の多くは、この感じ 覚えがあるんじゃないか。

苗字も、住む家も、夕食のスタイルも、着る服すらも、さっさと変わって、旧ファイルに上書きできちゃう自分がちょっと薄ら寒い、と感じた瞬間のこと。

Facebookやブログに投稿しているものは、本当の自分の履歴じゃないかもしれないこと。幸せな妻であり母である投稿をしているけど、

「死ぬまえに見る走馬灯、死の苦しみに染まった脳が描き出すごく個人的なエンドロールに、自分がこれが自分の履歴だと思っているできごととが、どれくらいの割合で映し出されるだろうか?」

「親も出生地も出身校も体重も偏差値も年収も税金も移り住んできた土地も異性の好みもファッションも性癖も仕事の出来も出世欲もばれているけれど、やっぱり私の根本部分は履歴がないままなのだ」

「あんまりにもスムーズに変わってしまった自分に、罪悪感があるの。なじみすぎてるところに、なじめないというか。いままでの自分の生活に、プライドはないのか……。」

こういう感じを、「妹」にマリッジブルーと言われて、
「そんな簡単なものとは違うよ」と反論したい「私」だけれど、
アンドリューワイエスの描いた『クリスティーナの世界』を思い出して(記事トップの絵)
「あの絵のように女はみんな一度は、安住の我が家から追放され、這いながらまた目指す」

そんな「主人公」は、やっぱり「女、三界に家なし」的なブルーに陥っているのかもしれない と思いました。わたしにはあの絵は、アメリカの父性の孤独、みたいなものを強く感じるので、意外でした。

でも、主人公の感じるブルーはわかる。わたしも結婚直後のことを、思い出しました。

---式を上げて4週間後に、以前おつきあいしていた男性と出版社のなかで偶然会ったときのこと。
編集ブースで作業しているわたしを見た彼は、ぎょっとした顏をして、わたしの渡した新しい名刺を、恐る恐る手に取りました。

そのときの、わたしのいでたちは、結婚前までかけたこともない薄いグレーの度つきサングラス、すっぴん、髪はひっつめ、ツモリチサトか何かのぼてぼてニット。
独身時代、ギャルソンとかの服を一緒にショッピングしていた彼には受け容れがたい姿だったと思われ、

「こいつ、こんなんなったんか……」

非難するような、安堵するような、惜しむような、感情が伝わってきました。
「えろう引かせて、すんまへん」みたいな気持ちにもなったけど、
「私はもうね、違う“女”になったんだよ!」という開き直りも湧いてきた。そんな自分のふてぶてしさが、寒かったのです。

あるよね?? 既婚女性あるあるでは・・・

でも、そこから15年たった今、「娘とか妻とか母とか肩書きが変わっても、消せない本質って、多分だれでもあるよ」と言い、肺炎で生死をさまよったのが(娘であり)自分でなくてよかった、と思った、「妹」の発言もよくわかる。

本質はそう変わらない、変われない。結婚も長ければ長いほど、「本質」が出る時がいくらでもある。でも認めたくない 見たくない。

「家族が笑顔で迎えてくれたとしても、急に疎外感を感じ、私の居場所はここじゃない、いつか自分の居場所のある家庭を作りたい、と思う。そして再出発するのだが、でもそんなものは、どこを探しても見つからない」

だからみんな一所懸命SNSに投稿して幸せな履歴をつくるのかな。でもほんとうの履歴は影法師のようにちゃんと自分にくっついている。

ということを、新婚すぐにここまで考察できる綿谷りささんは、やっぱりすごい作家だと思ったのでした。
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