先月のことになりますが、うちで最も小さくて可愛かったクライアントM君が亡くなりました。
出産・回復・蘇りの報告をいただく日々の中、亡くなりました報告には慣れない…。不意のお知らせに、足元が崩れるような目眩がしました。
しかも、施術して間もなくだったので、何かいけなかったか、私のせいではないか。 悔やむことしきり。
M君は3年前、狂犬病ワクチンを打った直後に、ぐるぐると旋回が止まらなくなったそう。そして健常な身体ではなくなりました。
うちの施術所に来られてからも、何度となく危篤状態に陥り、泡をふいては、
「先生、この子もうダメです!」と泣きながら担ぎ込まれる夜もありましたが、施術するたび復活する、強い命でした。
その生命力を畏みつつ、「本当はもう虹の橋を渡ったのに、施術で無理に呼び戻してるんでは…」的な感覚もあり、いのちの倫理に反してるような、後ろめたさがあったのでした。
しかし彼は、満身創痍をこらえて、
「だまって施術しとけ。飼主のために生きるんじゃ。これでええんじゃ」
そんな無言の圧をかけてくる気がしました。ご自宅では噛みつきまくってるそうなのに、施術所ではひと声も吠えず、ジッと四肢を踏ん張っている。
その小さな身体を、毎月毛布で大切にくるんで、夜更けにやってくるパパママと、夢中の3年間を過ごしました。
小さな関節にピンポイントで電氣を抜き差しにはどうしたらいいかと悩んだ挙句、
純金・純銀棒にたどり着いたり、彼のおかげで捻り出せた手技がたくさんありました。
これなら、小動物の目のキワとか指のあいだとかに入れられる。
銀の棒だけで十分です。もう少し研究したらシェアするね
◆
最期、火葬をされる前に、パパママは「顔を見てやってください…」と連れてきてくれました。
M君は闘いの終わった、おだやかな瞳に戻ってました。
その顔をみて、感謝とともに…慚愧、侘しさ、いろんな情に見舞われ、他の犬猫たちの体を触りまくっているうちに、気づいたことがひとつありました。
いつもだらりと垂れていたM君の“舌”を、3年間私は見過ごしていたんじゃないか。最期の方は特に、胸が苦しかった、心臓にきていたんじゃないかな。
“舌診”は、犬や猫にもスライドできるはずなのに、発想が足りなかった。
もともと犬猫の心臓とか気管支とか胸腺の鬱滞や硬結を見逃しがちになっていたのかもしれない。
なぜなら、本格的に死と密接した医療訓練を受けていないものだから、無意識に心臓の周囲に触れることを避け、ソフトな施術で済ませようとしていたのでは。
そこで、うちの猫の該当箇所を、これまでにないくらい丁寧に触ってみたら、心臓周囲にかすかな粘りが見つかり、嫌がられました。
気管支、甲状腺から胸腺にかけても、数ミリ程の硬結が幾つか見つかり、猫は激しく咳き込みました。
見過ごしてたな。見ようとしなかったからだ。
ーーーーそんなことに没頭していた数週間でしたが、
私の前でジッと横たわっていたM君は、いつの間にか、もとのように、元気に走れるようになったようでした。
長い舌を出しながら、くるくると回りながら、上の階層まで上がって行ってしまいました。
私もいつかそこに行くからね。
今度こそ噛まれるだろうけど。🐾
◆
犬猫のために編み出した施術法をシェアしたいと思っていますが、小さな療具をつかった詳細な動きはネットでは伝えづらい。
でも手技や音波治療(自声)なら、どんな飼い主でも要領をつかめば100%できると思います。
家の周りに、その家主の病を治す草が生えるように、
犬や猫はヒトの浄化装
置になってくれるし、
置になってくれるし、
その犬猫の病気に合わせ、飼主の音や手が薬になる。
まずは声。空間も人体も声で整えてみる。
祝詞でもお経でもマントラでも何でもいいから練習してみる。
私はカタカムナのウタヒ以外では、ガヤトリーマントラが好きです。
中身より、空間といかに調和する気配を出せるかが大事だと思う。もはや祝詞でもウタヒでもなく、音だけでいいと思うし、究極は無音ですよね🙂
例↓
腰椎から泌尿器や肛門に響かせたいときは、母音が「お」「を」になる音が良いと思います。
今回は「も」を使ってみました。
こんなダミ声でも、ペアリングされている猫息子なら、響くときは響きます。
伝わると背中が波打ちます。伝わらないと反応はありません。動物は素直でわかりやすいです。
このあと、めっちゃくっさいうんこ出ました。
つづきとして、ペットの食べ物や水の超個人的養生訓をシェアしたいと思います。
皆様のそれぞれの可愛い「M君」を、今日できるかぎり慈しんでくれますように。
—–
コメントを残す