微熟女です。
冬休み読書より、オススメをひとつ^^
巷で吹きすさぶ“まほかる旋風”……もう読まれた方も多いかもしれません。第五回ホラーサスペンス大賞で、うるさがたの審査員の満場一致で受賞した作品です。
受賞当時56歳! 主婦→僧侶→会社経営という異色のプロフィールも世を騒然とさせました。
「最高に後味の悪いミステリー」という書店ポップの後味を敬遠していたのですが(笑)、ちらりと1ページ目だけ立ち読みしたら、
この人、おそろしく文章がうまい~
最初の8行でガチンコアンテナが立ちました。これ本当にデビュー作なの。
『九月が永遠に続けば』は、文章力で大賞を勝ち取った作品です。小説というのは文章で成り立っている、ということを改めて感じさせられました。頭で読むより、皮膚で読む、そんな印象を受けました
と審査員・唯川恵氏も絶賛。
文章が本当にうまくなりたければ、文章がうまい作品を読んで自分の肉にするしかないわけで、今年はそんな作品をご紹介しながら私も肉太りしたいと思います^^
さて、アマゾンレビューを拝見するとまぁー、皆さん下馬評で期待しすぎていたせいか、「ラストに意外性がない」「人物に共感できない」「そつなく巧いだけ」「物語性が弱い」とぶうぶう言っておられます。
だけど、この作品はそんなところ読むのと違うと思います。
「遠野物語」読むような感覚でぜひ、と言いたいです。文庫の解説者は「万葉集」や「古事記」を連想されていました。
たとえばこんな描写があります。主人公の「私」が、ふとしたイタズラ心で、5歳の息子を公園に置きざりにする「ふり」をするシーン。
車は速度を落として砂場の側にさしかかった。私は助手席の窓を下ろし、「文彦、じゃあね。パパとママは行ってくるからね。好きなだけそこで遊んででいいわよ。バイバイ」……
文彦ははじめキョトンとこちらを見ていた。……次の瞬間、文彦の顔がクシャクシャになった。大声で何か一生懸命喚(わめ)き始めた。
……大声で泣きながら追いかけてきて、アスファルトの上で転んだ。その一瞬だけグウッと声が途絶えた。だが、幼児にしては不自然な敏捷さで起き上がると、また走り、車から降りて駆け寄る私に強くぶつかってきた。抱きとめた体は湿って熱く脈打っていた。両方の膝頭に泥と血が付いていた。
鼻水と涙と砂にまみれたあのときのあの子の顔が忘れられない。あのときのあの子の、死について何も知らないまま死んでいく弱い動物のような目が忘れられない
(……部分、省略byハヤカワ)
「よいお母さん」なら一生涯ひた隠し、墓場までもっていくような感情です。やられた子どもも、だいたいハタチまでに忘れます。
母性の中に誰もが隠しもつ残忍性、同時に湧き出でる深い愛情と悲しさを、これほど端的に、キレキレに表現した描写を見たことがありません。
子どもにとって全知全能の存在であるからこそ、母はときに子どもを疎み、後悔にさいなまれ、裏腹の愛情を自覚します。
そういう感情を冷静に掬いあげ、きちんと「書ける」人が文章家、作家だと思います。
◆
他にも、
性機能の衰えつつある中年女性が、若い女に無意識に持つおびえや嫌悪など……「誰もが、自分から目をそむけたい」部分をつまみあげるのが、この人は本当にうまい。
だから、これでもかというほど残酷なレイプを受ける若い女性や、その娘をあわれな一輪の水中花みたいな描写に仕上げてしまいます。
描きたいのは、人物造形でなく、そこに向ける心のゆらぎ。
ですから、こんな主人公や水中花ちゃんに「共感できない」のはもっともだと思います。キャラクター小説や火曜サスペンスとはちがうのです。
人の心の中には、愛情と、その正反対のものがおぞましく棲み分けている。
そのことが、何よりも恐ろしく、悲しい小説です。
片目に「日」を、もう片目に「月」をもち、両の目で世を見て、はじめて「明」がわかる気がする…そんな怖いもの知らずな方に^^ ぜひおすすめしたいです。
【さらに楽しまれたい方は、押してくれたら1杯】
おごるかも
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